思い
ステップなどの技だけで、感情も即興もなく、リズムに身をゆだね ることもせずにただ踊ることもできます。 けれどもフラメンコは心から何かを感じて楽しまなければいけません。
"El baile es un lenguaje que permite expresarte totalmente libre,
ya sea con el movimiento o con en la parada."
- Manuela Reyes -
私のフラメンコの解釈
体の中でフラメンコが生まれた時
体の中でフラメンコが生まれた時、それはダンサーの中で独立し、生命を得ます。その小さなドゥエンデ(妖精)は私達の感情を増幅させ、心の奥底から引き出してくれるのです。
ダンスは、静・動的な動作を通して、自分自身を完全に自由に表現させることのできる言葉なのです。
それはフラメンコの踊りの中の、目の動きや瞬き、息遣いといった小さな動きの中にあります。
動きの中に相反する力が存在し、静止の中に動きを感じることができます。
引き裂かれるような激しさと敏感さが併存しているのです。踊り、歌、ギターの音・・・その中で、ものすごいエネルギーを感じ、体が引き裂かれるように感じる瞬間があります。反対に、時には非常に敏感になって、体の中で何かが壊れそうに感じる瞬間もあるのです。
これらの瞬間の中ではフラメンコは限界がないように思われます。伝統的で、純粋で、自由で、痛々しく、楽しく、官能的で、ドライで、溶け合って、力強く、広く、深く、魅惑的で、敏感で、クレイジーで、清楚で、タフで、陽気で、真剣で、そして100%感情的です。
このような状態の時、感情が頂点に達し、デュエンデ(妖精)に出会うことができるのです。
それぞれの「パロ(歌・曲の種類)」について感じること
各パロにはそれぞれの感情があり、その解釈も人により様々です。私にとっては、
ソレア(solea)は嘆き
アレグリア(alegria)は揺れ
タラント(taranto)は大地
シギリージャ(siguiriya)は強さ
そしてブレリア・デ・ヘレス(la bulería de Jerez)は「ソニケタソ(楽しいリズム)」

